徹底レビュー|ユリイカ 総特集 シャーロック・ホームズ

2014年7月に発売されたユリイカ8月臨時増刊号、総特集 シャーロック・ホームズ コナン・ドイルから『SHERLOCK』へを、徹底レビュー。一応、すべてのコンテンツについて感想を述べています。ものすごく長いです。

本の基本データ
出版社: 青土社 (2014/7/15)
言語: 日本語
ISBN-13: 978-4791702749
発売日: 2014/7/15
ページ数:264頁
価格:1620円

Contents

こんな人にオススメ

これから「シャーロック・ホームズ」を知りたいと思っている人
「シャーロック・ホームズ」に関する様々な批評をまとめて読みたい人

オススメできない人

『SHERLOCK』に“だけ”興味がある人
活字を読むのが嫌いな人
「シャーロック・ホームズ」は好きだけど『SHERLOCK』は好きじゃない人
(『SHERLOCK』に関する批評がかなりの割合を占めています)

はじめに

『SHERLOCK』→「シャーロック・ホームズ」と橋渡しをしてくれる一冊。

ユリイカは映画雑誌ではありません。一応、『SHERLOCK』出演者インタビューなどがありますが、批評がメインの雑誌です。全体的にわかりやすい内容が多いので、普段あまり批評を読まない方でもイケるとは思いますが、それでもやっぱり文字ばっかりです。

私は文学部出身で、学生時代に批評をよく読みました。また、グラナダ版『シャーロック・ホームズの冒険』とBBC版『SHERLOCK』が大好きです。そしてこれから「シャーロック・ホームズ」をより深く知りたいなと考えています。

そんな私にとって、この本はシャーロック・ホームズをより深く知るためのガイドブックのような本でした。この本を買って本当に良かったと思っています。私のような人間にとって、1500円以上の価値は間違いなくありました。

価値観は人によって異なりますが、『SHERLOCK』を見て自分なりに考察を行っているタイプの人であれば、十分楽しめるのではないかと思います。

購入したきっかけ

グラナダ版『シャーロック・ホームズの冒険』、BBC版『SHERLOCK』が好きで、「シャーロック・ホームズ」をより詳しく知りたいと思ったので。

デザイン

非常にシンプルではありますが、とりあえず、写真を並べておけば良いだろうという浅はかなものではなく、「シャーロック・ホームズ」に対する敬意を感じる良いデザインです。表紙を開いて、ニヤリとすること間違いなし。

『SHERLOCK/シャーロック』全話解題

渡邉大輔(映画研究・批評)氏によるBBCドラマ『SHERLOCK』(〜S3まで)の解題。各話のあらすじをカラー写真付きで8頁にまとめています。

若干強引な所や、誤りと思われる箇所もありますが、あの90分ギッシリ詰まった内容をよく400字程度にまとめたなぁ、という印象。

ベネディクト・カンバーバッチ(インタビュー)

シャーロックはスーパーヒューマンではないんだ。人々を救うために選ばれた人間でもなんでもなくて、普通の人間なんだよ。
(ベネディクト・カンバーバッチ インタビュー本文より引用)

「シャーロック」というよりは、俳優ベネディクト・カンバーバッチにスポットをあてたインタビュー。(取材・文=高野裕子 写真1頁+文3頁)

シャーロックを演じる上でのコツや、気をつけていること等、彼の誠実さが伝わってくる内容でした。

出演者・脚本家が語る『SHERLOCK』シーズン3

『EMPIRE MAGAZINE January 2014』に掲載されたインタビューを和訳したもの。(3頁+3頁+5頁で計11頁)

ベネディクト・カンバーバッチ

大量の人間の記憶を消去する方法ってないのかな。
(ベネディクト・カンバーバッチ インタビュー本文より引用)

訳者が異なるというのもありますが、先ほどとはまた違った印象を与えてくれる内容。うわさに聞く「通訳者泣かせ」の一面を垣間見られるインタビュー。

(訳=森岡しげのり)

マーティン・フリーマン

うーん、わからないな。そりゃ、わかってるけどさ(笑)。
(マーティン・フリーマン インタビュー本文より引用)

彼の好きな洋服や、ジョンとシャーロックの関係について語っているインタビュー。ジョンを思わせる言い回しで、ニヤニヤしながら読んでしまいました。訳者の方に感謝です。

(訳=増子久美)

スティーヴン・モファット+マーク・ゲイティス

M「コナン・ドイルはホームズを滝に落とした。そして一〇年後に復活させた。我々は二分半後に彼は帰ってくるだろうって予告したんです。」
S「私たちは本当に親切だと思いますよ。」
(マーク・ゲイティス、スティーヴン・モファット インタビュー本文より引用)

私の大好きなモリーについて触れられている、素晴らしいインタビュー。

撮影に関する裏話が主。イギリス人らしい皮肉の効いた調子で、各話の脚本担当の決め方や、キャスティング、ファンレターについてなど、一般視聴者が気になっているであろう事柄について回答しています。

シャーロックの飛び降りシーン撮影についてのエピソードが、かなり印象的でした。

(訳=森岡しげのり)

ホームズものは“何度でも”出会う(日暮雅通×辻村深月)

「シャーロック・ホームズ」の翻訳を手がける日暮氏とメフィスト賞作家の辻村氏がシャーロックについて語った対談。(口絵1頁+文11頁)

辻村氏が序盤完全に(anan座談会的ノリの)女性ファン目線で、読んでいて逆に面白かったです(笑)、日暮氏の語る子供向け作品の翻訳の歴史が印象に残りました。

『SHERLOCK』は本当にシャーロックを再生(リバース)させたのか

(副題)新たなホームズ像と新たな“シャーロッキアン”

先ほどの対談で登場した翻訳家日暮雅通氏の批評。(9頁)

「翻案」と「パロディ・パスティシュー」の違いや、それらの歴史について簡単にまとめつつ、『SHERLOCK』が与えた影響、新たに生み出したものについて語られています。

私はジェレミー・ブレット版が一番「ホームズもの」として好きなので、「映像化作品としての正典」という表現が非常にしっくりきました。

莢の中で微睡む物語たち

(副題)『SHERLOCK』とブロマンスの想像力

上智大学講師の上田麻由子氏による批評。(8頁)

『SHERLOCK』におけるジョンの描かれ方や、ブロマンスとバディものの違いなど、読みやすい文章で批評しています。大変理解しやすい内容でした。

後半に出てくるS3の「精神の宮殿」についての考察は、思っていたことを明文化してもらった感があって、うなずくばかりでした。

つい先日、Twitterにて行われた「『SHERLOCK』S4の撮影に関する発表」をリアルタイムで体験したばかりだったので、「お祭り」の体験および「ファンフィクション」についての話題も、とても興味深く読むことができました。

『SHERLOCK』または「ジョン・ワトソンの物語」

(副題)暴力的欲望の《サブテキスト》

日本映画の研究されている鷲谷花氏が『SHERLOCK』を映像演出の視点で分析した批評。(9頁)

S1E1「ピンク色の研究」を中心に扱う批評なので、ご覧になっていない方は、ぜひご覧になった後に読んでみてください。

すばらしい。

物語の映像化により、「聴き手・観客・語り手」としての役割を失ったジョン・ワトソンが『SHERLOCK』の中でどの様な役割を担っているのか、この辺は結構自分でも考えていたりしたのですが、この様な「映像的な分析」という視点は全く持っていなかったので、非常に勉強になりました。

さらっと触れられているだけですが「シャーロックの性を誤認する傾向」については、目から鱗で、私的「SHERLOCK考」に大きな影響を与えてくれました。

いや、本当に面白い批評でした。

人間に堕ちたシャーロック

『SHERLOCK』S2からS3にかけての変化を、シャーロックの人間性を中心に論じた、池田純一氏による批評。(11頁)

賛否両論分かれるS2からS3への変化を、様々な切り口から論じています。特にメアリを含めた新たな物語の展開についての考察は面白かったですし、「晴れてシャーロックも、ジョンやメアリが知る闇の世界に足を踏み出した。」という指摘は、なんで今まで自分は気が付かなかったのか!と自分で自分を怒鳴りたくなるくらい、衝撃を受けました。

ただ、いくつか気になった点が。「アップルドア」は原作通りですし(もちろんそれを利用して「アップル」「マイクロソフト(窓)」を連想させている)、「ミルバートン」から「マグヌッセン」への変更も、演じる役者(デンマーク出身のラールス・ミケルセン)に合わせ名前を北欧風にしたもの(2014/1/14DENofGEEK!の記事より)なので、その辺にも言及があればよかったかなと思います。

解かれるべき謎、語られるべき物語

(副題)『SHERLOCK』シーズン3とメアリーへのアプローチ

演劇研究をされている藤原麻優子氏が『SHERLOCK』と『DOCTOR WHO』の世界観を比べながら、シーズン3とメアリーの特異性について論じた批評(9頁)

正直、『DOCTOR WHO』を観ていないので両者を比べ論じる部分は「へーそうなの」的感想しか抱けませんでした(笑)『SHERLOCK』の分析は(ちょっと強引だなという部分もあったりしましたが)面白く読めました。

本誌とは関係ありませんが、年代的にも学部的にもかなり近い(気がする)ので学生時代すれ違ったり同じ授業を受けたりしたのかなとか、そんなことを考えてすこし親近感が湧いたのでした。

漫筆SHERLOCK

漫画家、衿沢世衣子氏のイラストエッセイ。(4頁)

ホッとします。対談から後、わかりやすい内容とはいえ、長い文章が続きましたからね、可愛らしいイラストとツッコミが疲れた心を癒してくれます。

最後のページで少し触れられていましたが、『SHERLOCK』と同じ時間をリアルタイムに生きているって、本当に幸せなことですよね。いつか、自分より下の世代に羨ましがられる日が来るのかなと、今から楽しみにしています。

愛はつまり、ヒューマンエラー

作家の松田青子氏が、シャーロックへの愛を猛烈な勢いで綴るエッセイ。(3頁)

こういうセンスある文章を書けるようになりたいものです。文章にもいろいろ種類がありまして、美文名文ありますが、この方の文は軽快文、痛快文といったところでしょうか、女性らしい、軽やかでおちゃめな大正女学生的な文章です。(知らないけど)

おっと、内容にも触れましょう。『SHERLOCK』における二大「脈」事件を中心に「愛」について論じています。いや、論じているように見せかけて「シャーロック大好き」ということがシンプルに語られています。

いや、本当にこういう文章、好きですよ。

ベネディクト・カンバーバッチと『SHERLOCK』の魅力

映画文筆業の真魚八重子氏によるベネディクト・カンバーバッチと『SHERLOCK』についてのエッセイ。(4頁)

カテゴリ的にはエッセイに入っていますが、内容はベネディクト・カンバーバッチと『SHERLOCK』のわかりやすい解説。初心者向けといった感じ。『SHERLOCK』は観ていないけれど、シャーロック・ホームズが好きでこの雑誌を買ってしまった人にぴったりな内容。

それにしても、モリー。彼女についての記述は、この本で一番、全面的に、同意したいです。

謎解きとミステリ

さぁ、いよいよ批評誌っぽくなってまいりました!といった感じで批評が3つ続きますね。私なんかは学生時代を思い出してセンチメンタルな気分になったりしますが、読み慣れていない方にとっては一番読むのが辛い部分かもしれません。

でも、小難しい文章を読んで、その気になるのも楽しいですよ。批評なんて読んだことない!という貴方も、Teaを片手にぜひ読んでみてくださいね。

『SHERLOCK』と知的エンターテインメント

ミステリ批評の視点から、『SHERLOCK』を読み解いた蔓葉信博氏の批評。(7頁)

いかにもミステリ批評家的な批評でした。今まで、映画や演劇の批評家の方が多かったので、ミステリをよく読む私的には「やっと来たかー!」とちょっと嬉しくなりました。

シャーロックの問題解決方法(いわゆる謎解き)などを絡めながら知的エンターテインメントについて語っています。いつの時代も「謎」は、「探偵」は人々の心を魅了してやまないものですよね。

にしたって、最後の仮説はナイワーwアッテホシクナイワーw

情報化するミステリと映像

(副題)『SHERLOCK』に見るメディア表象の現在

情報化社会とそれが「ミステリ」に与える影響を中心に、『SHERLOCK』を論じた渡邉大輔氏の批評。(10頁)

「情報化」と「情動」、全く異なる方向から「SHERLOCK」が論じられていて、面白かったです。「ピンク色の研究」のホームズ兄弟登場シーンについての指摘はなるほどなーと思ったのでした。

『SHERLOCK』の元ネタを探せ!

(副題)「21世紀探偵」の事件簿

『SHERLOCK』の元ネタを分析した、ナツミ氏の運営する人気ブログ「21世紀探偵」から、抜粋された内容が記されています。(9頁)

まだ「21世紀探偵」に直接アクセスしていないのですが、ものすごい情報量ですよね。これで抜粋なの?と思ってしまうくらい。取り上げるポイントの細かさに感動を覚えました。いやほんと、素晴らしい。

このような有志によるサイトが多いのもシャーロック・ホームズの素晴らしい点だなと思います。他の作品に比べて「さぁ、みんなで知識を共有してシャーロック・ホームズを楽しもうよ!!」という有志の方が多いこと多いこと。

今、日本ではグラナダ版『シャーロック・ホームズの冒険』、BBC版『SHERLOCK』、人形劇『シャーロック ホームズ』などなどにより、再びシャーロック・ホームズに注目が集まっています。中でもBBC『SHERLOCK』は若い女性を中心にとんでもない人気ですよね(私もですけど)。

普通、そういう「キャピキャピしたにわかファン」が来ると、昔からその場所にいた人達は「あぁ、何にもわかっていない。まったく」みたいなテンションで、あまり歓迎しないんです。(現にイギリスではそういう動きがあったと日暮氏の批評で触れられていました)

でも、日本のシャーロック・ホームズファンは違う。「ほうほう、『SHERLOCK』?面白いよね、ところであのシーンのあのカットは原作の●●が元ネタでね……」と、上手に「シャーロック・ホームズ」へと誘導してくれる。

この雑誌一つとってもそうですが、ほんと、みんな優しい。知識がないからって馬鹿にしたりしない。どの様な形のファンであってもちゃんと尊重してくれる。ファンの人達が真摯で紳士(少なくとも私の周りでは)。この空気が日本で「シャーロック・ホームズ」を広めるのに一役買っていると私は感じます。

現代的ホームズ像とは何か?

(副題)二一世紀版映像化作品三つを比較して

ガイ・リッチー版『シャーロック・ホームズ』、BBC版『SHERLOCK』、CBS版『エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY』の3つの映像化作品を取り扱った脚本家・堺三保氏の批評。

3作品の違いと共通点を中心にホームズとワトソンの関係について考察されています。特に(推理意外は)ダメ男なホームズと(わりと)しっかり者のワトソンという共通点の指摘は、言われてみれば……という感じで納得しました。グラナダ版からは考えられないですよねw

映像のシャーロック・ホームズ

シャーロック・ホームズ映像作品の歴史を中心とした清水健氏による解説。(9頁)

第二次世界大戦中のシャーロック・ホームズ映像化作品についての記述は、当時「シャーロック・ホームズ」がどの様に扱われていたのか窺い知ることができ、大変興味深く読むことができました。

また、後半に記されている代表的な映像化作品の紹介は、『SHERLOCK』をキッカケにシャーロック・ホームズに興味をもった人達への良きしるべとなりそうです。

グラナダ版ホームズと、ヴァン・ダインのホームズ論

グラナダ版ホームズとヴァン・ダインの探偵小説論を軸に、推理モノの映像化や、探偵の恋愛についてまとめられた作家・小森健太朗氏による批評。(6頁)

『SHERLOCK』をとりあつかったテキストが多い中、こうして他のシャーロック・ホームズ作品がメインのものがあってホッとしました。

小説と映像化作品、魅力の違いが細かく述べられているので、グラナダ版が好きな人はうなずける内容になっているはず。

シャーロック・ホームズはどんな少年だったか?

(副題)「物語としての面白さ」と出会う

人形劇『シャーロック ホームズ』の脚本家・三谷幸喜氏へのインタビュー。(聞き手・構成 岡田育)

映像に関する批評が続いた後、そのままの流れで「小説」「映像」どちらとも異なる人形劇の話題が来て、編集が上手いなと思いました。

パペット・エンターテインメント『シャーロック ホームズ』が実現するでの裏話や、脚本家から見たシャーロック・ホームズの魅力などが語られています。

制作発表でのあの一言について言及されていましたね(笑)かなり批判があったとのことで驚きました。まったく世知辛い世の中です。

インタビューによれば、「人の目を見て話さない彼」が、最終話にて私たちの知っているホームズに一段近づくとのこと。一体どんな風に、彼は大人の階段を登るのでしょう?人形劇の続きが早く見たくなるインタビューでした。

全18話(残り15話)、どの作品が使われるのか、どんなゲストが登場するのか期待に胸がふくらみます。

8月19日午後7時30分より第四回、8月20日午後7時30分より第五回、8月21日午後7時30分より第六回放送予定とのこと。今から楽しみですねー。

ホームズを「読む」(池内紀×東山あかね)

(副題)退屈を紛らわせてくれる読書と犯罪

ドイツ文学者の池内紀氏と、日本シャーロック・ホームズ・クラブ主宰の東山あかね氏の対談。(口絵1頁+文9頁)

その時代じゃないと成立しない物語「シャーロック・ホームズ」の翻訳の苦労や、ドイルの人間性について語られていました。個人的に気になっていた、イギリスの階級社会、当時の常識などにも触れられていて、非常に参考になりました。

「シャーロック・ホームズ」という総体

シャーロック・ホームズと、その作者である「人間、コナン・ドイル」を主題にした東山あかね氏の批評。(7頁)

夫であり、同じくシャーロッキアンである故小林司氏との思い出を交えながら、シャーロック・ホームズの生みの親であるコナン・ドイルを心理学的アプローチから考察しています。

作品の中にドイルの人間らしい思いが込められているのは驚きでした。今まで、ドイルは「ロジックを重視するサッパリしたタイプの作家」だと思っていたので、人間らしい一面を垣間見ることができ、少し親しみが持てるようになりました。

コナン・ドイルの心霊主義と探偵小説

(副題)不完全なメディア/メディウム

当時流行していた心霊主義を主題に、オカルト的視点からコナン・ドイルを考察した岡室美奈子氏の批評。

まず、ドイルが心霊主義者であった事も驚きでしたし、ドイルが写った心霊写真が存在しているということにも驚きました。「科学的」な推理を扱う小説を執筆しながら、一方で交霊会などにも参加したドイル。

一つ前の東山氏の批評も含め、ドイルに対する見方が変わった特集でした。

「わが家のシャーロック・ホームズ協奏曲」

シャーロック・ホームズ愛好家サラブレット、小林エリカ氏のユーモアあふれるエッセイ。

父母のホームズ押しに、若干面倒くさがりながらも、シャーロック・ホームズにどっぷりはまっていく様子が感じられて、ニコニコ笑いながら読むことができました。

RED HEAD CALENDAR

(副題)あるいは、残る一つの大問題

「赤髪連盟」のカレンダー問題を取り上げた、小説家・森川智喜氏のバカ考察素敵な考察(っていうか、エッセイ扱いになってますねw)。(5頁)

小説家らしい、軽快な文章で面白おかしく持論を展開してらっしゃいます。ぜひ注釈まで読んでみてくださいね。

私は氏の小説を読んだことがありませんが、ぜひ読んでみたいと思わせる、愉快な文章でした。

ミセス・ワトスンの秘密の一日

ワトスン夫人の日常を描いた、作家・北原尚彦氏の小説。(7頁)

特に事件は起こらないけれど、原作ではあまり登場しない人達の日常が描かれており、「そういえば、この人達にも日常があるのだな」ということを思い出させてくれる作品。読み終わった後、あなたのシャーロック・ホームズ世界の厚みがちょっぴり増していることでしょう。

ハドソン夫人の読んだ雑誌

英文学者・富山太佳夫氏による、シャーロック・ホームズでもなく、コナン・ドイルでもなく、『シャーロック・ホームズ』が掲載されていた雑誌、『ストランド・マガジン』についての批評。(7頁)

名前だけはよく見るけれど、実際どんな雑誌なのかよく知らない『ストランド・マガジン』。どの様な雑誌でシャーロック・ホームズは育ったのか、当時の英国事情を交えながら、文化の場としての『ストランド・マガジン』を紹介した文章です。

掲載誌を批評の題材に取り上げるなんて、この特集号はなんて幅が広いのでしょう!

シャーロック・ホームズの食卓

シャーロッキアン関矢悦子氏の「シャーロック・ホームズ」及びその関連作品にでてくる「食事」に関する批評。(9頁)

食事に関する演出・記述から、『SHERLOCK』のホームズ兄弟の関係を分析したり、ホームズとワトソンの関係や、ハドソン夫人の機知に富んだ性格を考察したりと、読んでいるこちらはただ感心するばかり。筆者の英国お食事事情への知識の深さが伺える良い批評でした。

シャーロック・ホームズのマニエリスム

スーパージェネラリスト、高山宏氏による批評(8頁)

もうですね、何をいっているかさっぱりわからない。十分の一どころか、百分の一もわからない。これはただ単に私の知識・勉強不足が原因なのですが、もう意味がわからないw勉強しなきゃな、そう感じさせてくれる文章でした。

あ、でも、高山氏が世のため人のため日本のため、復刊させまくっているという事は伝わりました。ありがとうございます。

「先駆者」ホームズ、そして科学捜査というフィクション

科学捜査の「先駆者」としてのシャーロック・ホームズを主題に、科学捜査とホームズのフィクション性について論じている、映画批評家である橋本一径氏の批評。(7頁)

取り上げられている『“科学捜査官”シャーロック・ホームズ』を、うっかり見逃してしまった事が大変悔やまれる内容です。正直、現場の人達は「シャーロック・ホームズ?HAHAHA!あれはお伽話だよ!」っていうスタンスだと思っていたので、科学捜査の「先駆者」として崇められているのは大変意外でした。

シャーロック・ホームズエッセイ選集

『シャーロック・ホームズ全集』に寄せられた有名作家3名(岸田國士、江戸川乱歩、横溝正史)の文章を紹介しています。(解説・中西裕 8頁)

メンバーが豪華。そして皆大絶賛(笑)有名作家が「シャーロック・ホームズ」について語るのを見るだけでも「おぉっ!」とテンションが上ります。中でも江戸川乱歩の「私の選ぶベスト作品」的なエッセイが一番心躍りました。

今後は「あぁ、乱歩はこの作品が好きだったんだなぁ」とヴィクトリア朝のロンドンと、昭和の文豪に同時に思いを馳せながら、「金縁の鼻眼鏡」のページをめくることでしょう。

ジョージ五世下のストレータム

(副題)「緑柱石の宝冠」から見るロンドン金融界

高級住宅街「ストレータム」を軸に、当時存在していた日本人サロンや、そこに集まった人々について解説した、アメリカ文学研究者である巽孝之氏による批評(8頁)

昔、シャーロック・ホームズを愛した人達も、今の私たちと同じ様に、あたかも彼らが実在しているかのように語っていたというのは、とてもロマンあるお話ですよね。

文人が愛したドイル、文人が愛したホームズ

(副題)尾崎紅葉をめぐって

日本の文豪とシャーロック・ホームズ作品との関係を論じた、日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員である植田弘隆氏による批評(7頁)

前半は尾崎紅葉、徳田秋声、小栗風葉などが中心ですが、後半ではかなりの数の文豪の名前(萩原朔太郎、稲垣足穂、森茉莉 他)が上がっており、シャーロック・ホームズの人気っぷりが伝わります。

 

最後3つは、日本文学界とシャーロック・ホームズを扱った批評でした。この3つを読むと、いかに、日本人がシャーロック・ホームズを愛してやまないか、その歴史を窺い知ることができます。

コナン・ドイルから『SHERLOCK』へ。シャーロック・ホームズを愛する気持ちは連綿と受け継がれているのですね。

「シャーロック・ホームズ物語」全六〇作品のワンポイント・チェックリスト

東山あかね氏によるシャーロック・ホームズ作品、全話あらすじと解説(11頁)

若干のツッコミも交えつつ、作品のあらすじを物語の時系列順にわかりやすく解説。「あの話の題名なんだっけ」「この話はいつ頃の事件なんだろう」という時に役立つチェックリストです。

感想・まとめ

第一印象は「文字多ッ!」だったこの特集号も、終わりが近づくにつれ「もうすぐ終わっちゃうのか……。もっとずっと続けばいいのに」と、夢中になって小説を読んでいる時のような気持ちになりました。

それくらい、この本は面白かったです。

気になった点といえば、『SHERLOCK』を主題に取り上げたモノが多かったこと、また、そのことが原因で、似たような文章・論調があった事くらいでしょうか。

(時期的に難しかったのかもしれませんが)個人的には最新の国産シャーロック・ホームズ作品である、人形劇『シャーロック ホームズ』にもう少しスポットがあたっていても良かったかなと思います。

編集後記でも触れられていましたが、今の日本では、コナン・ドイルから『SHERLOCK』というよりは、コナン・ドイル(シャーロック・ホームズ)⇔『SHERLOCK』という双方向の図式が成り立っていると感じました。

二一世紀探偵から入った、新たなシャーロックファンを加えた「日本のシャーロック・ホームズ」が、今後どの様に変化していくのか、楽しみでなりません。

この本とともに過ごした数日は、シャーロック・ホームズにどっぷりとつかった、非常に幸せな日々でした。

最後に、この様な素晴らしい本を出版してくださった青土社様、編集者様、執筆者様、関係者様、また、そのキッカケを作ったであろう全てのシャーロック・ホームズ愛好家の方に心より感謝を申し上げたいと思います。

一万字を超える長い文章、最後までお読みくださり、ありがとうございました。